「しろこ」食べました

Take120503 生の筍で柔らかくて香りがあり美味しいのは「しろこ」と呼ばれるものです。皮の色が白くえぐみの少ないこの筍はとても柔らかいのです。ところが、肥培管理や土入れなどの管理作業をいくらがんばっても出てくるものではないのが悲しいところです。土質によって左右されるのです。

4月に入って、休日はずっと竹藪での仕事を手伝っていました。先日偶然にもしろこを見つけました。それは傾斜地のため、10年以上土入れを行っていない場所です。でも、もともとここは土質がよく、いい筍が出るところでした。もちろん頭は地上には出ていませんでした。

すでに、底根の季節で根が深いため、根元までは掘り起こせませんでしたが、見つけたときはとても白くて綺麗でした。
でも、空気に当たると次第に茶色くなってきます。写真を撮った時にはすでに先端が茶色くなってしまっていました。

こんな筍ばかりだったらきっと高く売れるのでしょうが1本では出荷もできません。
ということで、家で食べました。筍ご飯と昆布で煮て食べました。とても、柔らかく、香りがあり、美味しかったです。株元まで柔らかく味が良くしみわたります。

「しろこ」ではなくても柔らかい筍は節の間が長く自然なカーブがあるものが目安です。円錐形の筍(根っこの部分が太く節間が詰まって先端がやせた物)は、一般的に手入れがされていない山のもので固いものです。選ぶときの参考に。

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田邊竹雲齋竹芸展

毎年、高島屋大阪店で開催されている田邊家の竹芸展。今年は竹雲齋氏の個展が開催されていました。(昨日まででした)

会期:平成24年4月18日~24日
場所:高島屋美術画廊

私も見てきました。何度行っても、作品をじっくりと拝見するとため息がでてきます。簡単そうに見える作品でも同じ物を作ることはできません。簡単そうに見えるものほど難しいものです。
今回の展示物で勉強になったことが一つあります。技法としては、四ツ目編みの作品がいくつも展示されていました。しかし、同じ技法で編まれていても背が高くすらっとしたものであったり、四角いものであったり、手の形が少し違う物であったり。そんなちょっとした事で見た目がずいぶんと違う印象の作品となっているということです。一つの編み方で一つの物しか作れないということではないということです。
勉強になりました。

そして手の形や、底の力だけの組み合わせ方をデザイン的にするなどでおもしろい雰囲気を作り出した作品もありました。

私はいつも個展などに行ったときには、この中で買うとしたらどの作品かという気持ちで一つ見つけ出します。今回は、掛け籠の「棚田」と名前の付いた作品でした。
底の部分が幅広で背は低く先端のない三角おにぎりのような形の籠。荒いざる編みのような編み方で、編み竹の幅が狭いものと広いものとが組み合わさってできていました。うまく表現できませんが、見入ってしまいました。

Cocolog_oekaki_2012_04_25_23_18 「棚田」のイメージ画

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四ツ目編み花籠縁巻き完了

Kago120421_1 長いことかかって作っている四ツ目編み花籠の縁巻きをようやく完成させました。目がそろっていなくて、目を無理矢理揃えつつ巻いていたので手間取りました。

始めて縄目を入れての縁巻きだったので、なかなか難しかったです。この縄目の目的は、縁竹と籠の間に出来る段差をうめて、シルエットをなめらかにすることということでした。なるほど、そう言われてみると、納得です。縁のあたりが柔らかいラインになっています。

縁巻きは好きです。めんどくさい作業なのですが、作業が進むと、籠が籠として固まってきます。そして間もなくできあがりという期待。それは、ここまでの苦労が充実した喜びの感情へと変わる瞬間です。一巻き一巻きかみしめるように巻いていくのです。

今回の縁巻きの難しかった部分は、縄目の始末の仕方です。本来のやり方ではない簡便な方法を教えていただきました。でも最初はうまく理解できませんでした。理屈は簡単なのですが・・・。

Kago120421_2 そして、次は立ち上げの時に強く引っ張りすぎていたため、切れてしまった角の補強です。「ねじくくり」というかがり方です。先生に見本を作っていただきました。これを手本に残り3つの角をかがります。切れてしまいがっかりしたまま作業をすすめていましたが、これを完成させるとまたやる気がわいてきそうです。

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網代箕完成

Kago120401_1 こつこつ作ってようやく完成しました。作りたかった教材なので絶対に失敗はしたくなかったので丁寧に作りました。わからないことは、最後の教室で、見本をいろんな角度から写真を撮っておいたのを見て理解するという作業だったので、小さな失敗はいくつかありました。でも、形としては、なかなかいい線いっていると思います。

Kago120401_2 と、いうことで、反省します。
まず、最初にヒゴの長さの配分を間違えて、立ち上げ部分が短いところが出来てしまったこと。このことが最後まで響いています。背の部分が少し低くなってしまいました。そして短い部分をカバーしようとしていたら、枡網代の中心が箕の中心から少しずれてしまっています。

縁かがりのところでは、穴を均等に開けられていなかったので、綺麗にかがれていないところがあるのがすこし見苦しいです。巻き始めを失敗していてほどいてしまったので籐皮が少し痛んだのと、縁竹が少し緩んでしまったことです。

始めて作る籠は反省ばかりで当たり前です。トータルとしては大きな失敗もなく出来たので大変満足です。

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雨の志賀直哉旧居

先日、奈良にある志賀直哉の旧居に行ってきました。以前、春日大社参拝の帰り道わき道にそれて散策した時、偶然この場所にたどり着きました。そのときは閉館しており見学できませんでした。あいにくの雨でしたが、人が少なく、ゆっくりとした時間を堪能できました。

志賀直哉の旧居
公式:奈良学園http://www.naragakuen.jp/sgnoy/index.html
訪問者の記事:http://burari2161.fc2web.com/siganaoyakyuukyo.html

閑静な住宅街の道路から志賀の旧居は見えません。土塀の小道を少し入ったところにひっそりとあります。

奈良の特徴だと私は思うのですが、広い道路を一つ入るすぐ昔ながらの狭い道になってしまいます。これが奈良の魅力なのかもしれません。志賀の旧宅への道も路地を入るとすぐに昔ながらの土塀が続く風景が広がります。
観光シーズンの前なのか、また雨が降っていたせいか周辺の人通りはありませんでした。

この地域は昔は春日大社の社家の住まいがあった跡地で、志賀直哉が居を構えた頃には家はまばらだったようです。

Nara201203_4 Nara201203_5 旧居の敷地は広く、作りは昭和の初期としてはとてもモダンなものです。茶室があるかと思えば、調理場とカウンターでつながった食堂があります。そして広いサンルーム。多くの文人、芸術家がつどったといいます。洋風なのに日本家屋の大工さんがつくると洋風ではなくなるのがおもしろいです。サンルームの天井などはまさに日本家屋です。

そして、やはり小説を生み出した書斎。池の見える北向きの書斎。庭の見える南向きの書斎。どれをとってもとても居心地のよい家です。

Nara201203_7 見学者も私たちのほかに、1組がいるだけ。外からの騒音もなくまるで時間が止まったかのような、とても静かな落ち着いた時間を過ごせませました。このような環境にいたら何かを書いて見たいと思いました。このような駄文ではなくもっとすてきな文章が書けるに違いありません。

Nara201203_3 よく見ると、家の各所に竹が使われていました。
おもしろいと思ったのは、床の間に飾られていた茶筅を模した掛け籠です。当時の物ではないでしょうが、おもしろいなと思いました。

Nara201203_2 たかばたけ茶論 http://takabatake-salon.jp/
志賀の旧邸の周りにもいい感じの建物が残っています。
「たかばたけ茶論」の看板がありました。土塀の一部がアーチをくぐるとかわいい建物。こちらも古い洋館の一部が喫茶店として営業をしていました。とても魅力的だったのですが、今回は入りませんでした。次回は是非立ち寄ってみたいと思いました。

Nara201203_1 奈良ホテルのティールーム。http://www.narahotel.co.jp/
奈良ホテルの喫茶室で休憩しました。奈良ホテルは天皇陛下が奈良に来られた際には宿泊され由緒あるホテルです。建物は木造でとても趣深いものです。

私は抹茶と和菓子の花見セット。窓からは庭に植えられた梅の花がとてもきれいでした。

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安野光雅氏の絵画展

少し前の話ですが、安野光雅氏の絵画展にいってきました。繊細な水彩の風景画です。少し離れるとその場所にいるかのような印象をうけます。夕暮れの空気や潮の香り。そんな空気が伝わってくるような絵でした。とても多くの風景画が展示されていました。

 安野氏の言葉も掲載されていて、感銘を受けたのは「文明」と「文化」という文章。明確には覚えていませんが、井上ひさし氏の「吉里吉里人」の小説を引き、次のような内容でした。

以前方言はその地域の人でないと伝わらない「文化」であり、共通語は上手下手はともかく日本人なら通じるように教育された「文明」であった。ところが現在はテレビなどの影響により「文化」であった方言が廃れてきました。そこに、東北大震災。この震災でガソリンなどの不足するなど大きく「文明」に依存しているということがわかりました。
物資提供をならんで受け取る被災者の姿が海外から賞賛されました。これは日本の文化です。でも、やがて原発事故などで風評被害や買い占めが起こりました。これは文明です。

安野氏は文化の心を取り戻すために、京都の絵を書くということをおっしゃっていました。おもしろい文化と文明論です。

もう一つ、絵を書くときのまじないという話もおもしろかったです。「河原を描く」ではなく「河原で描く」と言い換えるそうです。するといい絵が描ける。「を」を「で」に返るというのはとても大きな違いといいます。なんとなくわかる気がします。

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竹工芸データベース

立命館大学が作成している竹工芸データベースを紹介します。

掲載写真は竹籠の美を強調するというよりも、学術的に記録するという目的です。美術品の写真としては魅力的なものではありません。しかし、様々な角度からの写真があるので籠の研究するという点では価値はあります。

日本竹工芸データベース
http://www.dh-jac.net/db9/Bamboo/enter.html

このサイトは検索サイトで偶然見つけました。国内外の竹工芸の画像を蓄積しているそうです。掲載数は、まだ多くありません。

また、作家の特徴的な作品を収録しているかと言うと、そうでもないようです。
例えば、初代田辺竹雲斎の特徴でもある細工を施した唐物はないし、二代竹雲斎の繊細な透かし編みも掲載されていません。また生野祥雲斎のヒゴの流れが美しい作品もありません。

この点では蒐集家の竹庭さんのサイト竹工芸.COMの方が優れていると感じました。

竹庭さん所蔵の作品と同じものが立命館のデータベースにもありました。個人所蔵の撮影をするとの記載もありましたので、写真協力されているのかな。

いずれにせよ、この点は蒐集件数が増えることにより解消されていくと思います。期待したいと思います。

~余談~

でも、思うのです。本当は画像の蒐集だけではだめなんです。記録を残すということは「消えゆく物」に対してとられる行動なのです。
本当は竹工芸や竹細工に限らず手仕事で作られた物を日常の生活に取り入れなければ、すばらしい技術は残らないと思うのです。その技術の伝承にこそ意味があるのです。

今日では美術館にあるような作品。例えば浮世絵などは江戸時代には日常で使われていた物です。言い換えれば江戸時代はすばらしい美術品に囲まれた文化的な世界だったのです。日常に手作りの品物を持ち丁寧に使うということは、大量消費に対する抵抗です。この消費行動が広まれば、画像によるデータベースなど本当は必要がないのかもしれません。

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「網代箕」縁竹装着

教室が終わりましたが、作成途中の箕をこつこつと作っています。

立ち上げの部分は随分と悩みました。教室で教えてもらったので助かりました。要するに三本網代のルールに乗っ取っていけばいいということです。しかし、立体に無理矢理しようとしたため、ヒゴがねじれてしまい少々格好悪いことになりました。

また、普通の籠と違って、箕の口の部分は広がり、背の部分のみが立ち上がります(立ち上げた部分をここでは仮に”背”といいます。)。このため、網代を編むときに残すヒゴの長さを考えておかねばなりませんでした。ところが、加減がわからないので、一部短くなってしまいました。縁竹を付けた時にぎりぎり隠れそうなので、そのまま作業を進めました。

Kago120324_1 縁竹は通常の丸や四角のものと違い、途中でねじれたような感じになります。口の部分は芯に作った引っかかりの部分に縁竹があたるようにします。どこから手を付けたらよいのかわからなかったのですが、とりあえず片方の芯の引っかかりに内と外の縁竹を固定し順に高さを調整しながら背の部分を借り止めそして反対側の芯竹の引っかかりに借り止めした後、高さなどを調整し細かく借り止めを行いました。

Kago120324_2 その後、縁竹からはみ出たヒゴを切り取りました。
後はかがれば完成です。もう少しです。

箕の作り方ポイントと感じた部分

  • 網代で編む時、箕の口の部分は立ち上がりにヒゴの長さがいらないので、短くし後部にヒゴを多くとる。
  • 口の部分に入れる芯は引っかかりを作る。
  • 口の芯をいれて編み込む際、籠の背の部分からまっすぐになるように注意する。
  • 立ち上がりの部分は、三本網代が続くように編む。
  • 縁竹は芯の引っかかりの部分に当てる。
  • 縁竹は立ち上げた位置よりも少し口よりにしておく方が形が良いように思う。

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本物の魅力(堺の刃物)

これまで道具についてあまり意識はしてはきませんでした。未熟な私にはそんなにいい道具は必要ないとも思っていました。
しかし、本当によい道具にふれてみると道具そのものに魅せられます。単なる道具ではなく思いを込めて作られた道具はそれ自体が作品だということに気がつきました。

道具の作り手の思いがこもった魅力的な道具を使って、その上に自らの思いを重ねて魅力的な竹籠が作れたらすてきだなと自然と思えます。

そんな思いを強くしたのも今回、二人の刃物職人の方お話をうかがい、”作品”にふれたからです。
刃物職人というよりも工芸家、芸術家と言った方がいいのかもしれません。作っておられるのは道具ですが、その一つ一つは手作りの一点物です。

道具として使われることが前提のため、機能を追求した刃物はそぎ落とされた美しさがあり、美術品と言っても遜色はない美しさがあります。手にした感触を味わいながら、眺めていたくなります。思いを込めて作られる道具はその一つ一つがまさに、作品なのです。職人さんの語りぶりからも作品に対する思いや、道具としての機能性の追求に感銘しました。

道具として買おうとするととても高価です。でも、作り手が込めた思いと手間、脈々と伝えられてきた技術から生み出される”作品”は、決して高いものではないと思いました。

でも、悲しいことに日本では道具は軽く見られてしまいます。ハサミなら切れればよい、切れなくなったら買い換える。機能と効率そしてコスト。それが評価されています。しかし、何かが間違っているように思います。丁寧に作られた道具を丁寧に扱い別の物を生み出す。そして道具を大切に扱う。野球選手のイチローがグラブなどを日々入念に手入れを行い見事なプレーをしているように。その価値を多くの人が共有できればこのすばらしい伝統の技術を継承できるのにと思いました。

水野鍛錬所
http://www.mizunotanrenjo.jp/index_j.html

Hamono120317_1 昭和の法隆寺の五重の塔の解体修理の際に鍛冶屋として参加されたそうで、解体修理ででた釘を使って新たに釘を作ったり、法隆寺の塔の上に雷よけのまじないに掲げられた大きな鎌を作ったりとした歴史ある鍛冶屋だそうです。住吉大社の鍛冶を受け持つとのことでした。刀鍛冶で、今でも日本刀を作ってるそうです。その技術を生かし包丁やはさみなど作っておられます。

若い跡継ぎの方がおられて作業を色々と教えていただきました。おもしろかったのは刀にまつわる言葉が日常的な言葉として残っているということでした。
また、刃物で大切な焼き入れとは熱した鉄を水に冷やすことにより炭素量をコントロールして強度を出すためのものと言うことでした。勉強になりました。

売られているはさみや包丁は、道具なので機能や性能を追求したものであるのですが、そればかりではなくデザイン性を追求された切り出しも作っておられました。すてきな文鎮も桐の箱に入ったセットがあり、プレゼントにするとすてきだなと思いました。

Hamono120317_2 いいはさみがあれば買おうと思っていた私は、手に取って動かしてみて、はさみの感触に惚れ込み買いました。思っていたよりも手頃な価格でした。これもホームセンターで売っているものと比べるととても高価です。でもそれは、物が切れればいいという機能だけではなく、そのはさみを作ったかたのこだわりや工夫もまとめて買ったのだと思います。いわゆる”物語”を一緒に買ったのです。これは値打ちがあります。


佐助
http://sasuke.lolipop.jp/index2.html

Hamono120317_5 創業は江戸時代までさかのぼり江戸末期に鉄砲製造の技術を生かして鋏製造を始めたのが初代の佐助とのこと。店先に置かれている包丁やはさみの値段はびっくりする価格がついています。簡単には手がでません。「切れればいい」と思っている人には法外な値段に映ります。

でも、店主の方の話を聞き、実際に手に取ってみると、この価格は決して高くない品物であるということがわかりました。

Hamono120317_4 作業場は家の中のあちこちに様々な工作機械がならび、最初から最後の行程までを一人で作っておられます。しかも驚くのは注文を受けてからできあがるまでの長さです。はさみの仕上げ方法により風格をつけるため「さび付け」という作業があります。わざとさびさせるのです。現在では薬をつけて行ったりするらしいのですが、佐助では3年間軒先に吊し自然にさびさせるのです。こちらのほうがまんべんなく全体にさびがまわるとのことです。つまり、注文されて手に入るのは3年後になるのです。

Hamono120317_3 さらに、びっくりしたのは、はさみの柄に溝を切り金や銀で細工をする象嵌をされるのです。また、はさみの柄に漆を塗って仕上げるものもあるのです。(写真右側)
この象嵌で作られる椿の模様がとてもかわいくて魅力的なのです。そして、実際にそのはさみを手にとってチョキチョキと動かすとこの感触がとても心地よいのです。ずっと手にとって動かしていたい誘惑にかられます。魅せられるというのでしょうか。本当に欲しいと思いました。

でもこれは約38万円(写真右。ちなみに左はその3倍。共に特注品)。気軽に買える値段ではありません。でも、作られる行程を思うと、それは決して高い価格ではないということが納得できました。もうこれは、道具の域を越えてまさにアートです。5月にはベルサイユ市で個展をされるとのこと。日本では軽んじられる伝統的なものの美しさは昔も今も海外の人に見いだされるということでしょうか。

私の技術が佐助の道具に見合うようになったときに買おうと心に決めました。

残念ながら、こちらのお店には跡継ぎの方がおられませんでした。息子さんも別の仕事をされるとのこと。すばらしい技術が誰かに継承されることを祈っております。

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籐かがり

Kago120317_1 籐を1.5mm、厚さ0.5mmにしたあと、面取りをして仕上げました。幅引きがへたくそなので、少しずつ少しずつ細くしました。できあがった籐の中から外周の長さで3本分をさらに1.2mmに仕上げます。もちろん面取りをしました。その後、ようやく籐かがりにはいりました。

ここでのポイントは、次の3点

  1. 縁竹のつなぎ目(巻き始め)は手をつけるところにしておく。
  2. 縁竹(内側)は巻き終わりの部分で重なりが上に来るようにしておく
  3. 縁竹の外と内を針金できっちりと止めておく。

縁竹のつなぎ目は目立ちますので、手をつけることによって隠すようにします。また、縁竹(内側)の巻き終わり部分は重なりが上に来るようにしておくと、締めて行く時に発生するたるみをそこで吸収させるためです。そして、籐だけで締めようとしてもきっちりと締め付けられないのであらかじめきっちりと止めておくことが大切なのだそうです。ちょっとした事ですが手を抜かないことで完成度があがります。

Kago120317_2 かがり方は今まで何度も行っている芯竹に数回巻いて縁だけを2回巻くというもの。でも、いままでの籐かがりと違うのは、縁竹の下側に「縄目」を入れる事です。縁竹をかがる時に、1.2mmの籐で3本縄編みをしつつかがっていきます。

このとき、本当は縁竹の下側にもう少し傾斜をつけておき、そこにこの縄目を乗せていくということでした。私はそんな工夫はしてなかったので、次回からはそうしたいと思います。
縄目を入れることで作品として印象がずいぶんと変わります。気を抜かないように仕上げたいと思います。

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