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戦争を考える。

 8月になると、戦争の事を思う。私の祖父はビルマで戦死した。32歳で亡くなっている。一度、日本に帰ってきていたが2度目の招集があった。終戦の年の出来事だ。

 私の祖父は職業軍人ではない。消耗戦に動員されたのだ。赤紙がくるまでは、田畑を耕していたのである。戦争になれば気がつかないうちに一般の人を有無を言わせず、戦争に荷担させる。すでに、現在の日本にも戦争に協力させる法律が出来ている。

 首相が靖国で不戦を誓うというが、嘘っぽい。戦争犠牲者は兵隊だけではない。国家総動員法で勤労奉仕で軍需工場で働いた学生達も多く亡くなっている。不戦を誓うのはその人達を含めた国民に対してである。靖国では無謀な戦争を実行し一般の国民を戦地に赴かせ貴重な命を無駄にしてしまった国家としての謝罪である。

 私の両親はどう思っているかわからないが、祖父が眠っているのは実家の墓地であり、靖国ではなく実家の仏壇に霊は帰ってきていると私は思う。建前は「天皇陛下万歳」だろうが、多くの人は家族を思っていたに違いない。その証拠に戦争が終わり日本に戻った帰還兵が向かったのは皇居ではなく家族のもとである。亡くなった人が家族から遠くは離れた場所に行きたいはずがない。遺骨すら家族に戻らないのである。「靖国で会おう」というのは祖国に帰れないかもしれない兵士同士の心の支えだったと思う。そうでも思い士気を鼓舞しなければやってられなかったろう。

 戦記や歴史を指導者が語るときそれは、戦争の最前線で泥にまみれて修羅場にいた人が見た物ではない。多くは戦争を指導してた側の都合の悪い部分をそぎ落とした歴史だ。現場で何があったのかを多角的に知らなければ本当の歴史を知ったとは言えない。歴史認識の話にはその当たりが抜けているため、行き違いが起きるのだろう。

 私はビルマで祖父がどのように過ごしたのかに近づきたくて一冊の本を手に取った「日本兵のはなし ビルマ戦線-戦場の真実」(玉山和夫/ジョン・ナンネリー著 企業OBペンクラブ訳 マネジメント社)生き残った人々の手記がつづられている。イギリスで出版されたものの翻訳本である。日本が優勢だったころから占領そして敗走。戦場の兵士達が何を見何を感じたかを読み取ることができる。戦場であった敵兵と交流もあったようだ。また、食料も、日本兵は現地で炊いた飯と現地の野草を食べている。英国軍との戦闘後に英国軍が残していった食料を「チャーチルからの贈り物」と呼び、よろこんで食べている。それほど飢えていたのだろう。多くの人がそう記している。

 戦争について考えるとき、戦場の勇ましい話だけではなく、兵士の日常や何を思い生き延びたのかを知っておく必要があると思う。それは、戦争に巻き込まれた人たちがたどった道である。昔話ではなく未来の自分たちがその立場にいるかもしれない。

 

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8月6日に戦争の事を書きました。そこで、小泉首相の靖国参拝についてもふれました。 [続きを読む]

受信: 2005/08/20 09:37

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