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教材番号11「通い筒」

Pkagono11a  教材番号11の「通い筒」です。平安時代のころ花を入れて女性のもとに通ったとか。そんなところから名前がついたのかもしれませんね。

 竹籠というよりも、竹筒そのものですが、丸籐で手をつけています。
 妻が、この通い筒に初めて花を生けていましたので写真をとりました。

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コメント

スゴイですね~~!
(すいません、ありきたりのコメントで)
しかし、こういった芸術品をご自分で作れちゃうとはホント尊敬のまなざしです。
下に飾られているのはおひな様ですね!
センスのいい人はやっぱ違うな~

投稿: monpa | 2007/02/20 10:10

おぉおっっ!!すごっ!うわ~~、すっごく綺麗ですね!
花を入れて女性のもとへ…ですか。野の花を入れられて、牛車で揺られているところを想像すると、なにかこぅとても雅ですね。
生野祥雲斎氏の「くいな笛」を思い出しました。
やっぱり竹って、そこにあるだけで美しいな~って思います。

おっと、ところで幸雲さんのブログをリンクさせていただきました。
これからもよろしくお願いいたします(^^)。

投稿: さとか | 2007/02/20 13:56

monpaさん。ありがとうございます。
そう言ってくださるとうれしいです。
 でも、この作品は竹筒に手をつけただけですので、本当に簡単なのです。教室の教材ですので材料もいいので見栄えも良く作れるのです。
作品集に掲載された自作の籠と教室の籠を見比べるとやっぱり見劣りします。ヒゴのできなどが作品に影響します。それが私の課題です。
 習うと誰でも作れると思いますので、monpaさんも挑戦されてみてはどうでしょうか。あ。パンで芸術をめざされていますね(^^)。

下に飾っているのはおひな様です。妻が飾っていました。

さとかさんも、ありがとうございます。この作品でこんなにコメントをいただけるとは思っていませんでした。何せ竹筒に手がついているだけですから。案外、こういうものが喜ばれるのかなぁ。

生野祥雲斎氏の「くいな笛」ってどんなんだろう。知らないです。

竹に花を飾るとそこには、花と竹で構成された自然の世界がある。そんな気がします。例えば竹籠は竹が姿を変えた形でそこに存在し野の花でも飾られていたら、そこに自然の野山を感じます。竹は空洞です。その竹を籠に編んだら、やはり外側はもとの竹と同じ色、そしてその内側はやはり空洞なのです。私はそれを思うと不思議な気がしてなりません。うまくいえませんが、形を変えても竹の形を保っているそんなところに魅力というか惹かれるのです。

ブログをリンクの件ありがとうございました。素敵なバナーを作って頂いて光栄です。こちらこそお願いします。

投稿: 幸雲 | 2007/02/20 22:39

ども~!(^^)/
今回の作品も本当にきれいですね。
ん~何とも素晴らしい。
こんな良い作品を見てしまうと、やはり ”白竹”の味わいに魅入ってしまいます。
やはりσ( ̄^ ̄)のような素人には象牙のような輝きをもった白竹を作るのは難しいようです。/(^ ^;)

投稿: 花咲爺 | 2007/02/24 22:41

花咲爺さん。コメントありがとうございます。
そうですね。この作品の出来具合の善し悪しはやはり材料の良さなのでしょうね。私が手を入れたのは、何度も書いていますが、手をつけただけなので(^^;)。教室の材料は先生が作られた物を使っています。同じ物を作ったらこんなに綺麗にできるかなぁ。ちょっと自信ありません。

投稿: 幸雲 | 2007/02/25 20:19

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