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講演「海外から見たアートとしての竹」で学んだこと

本日(2007.12.15)、田辺小竹さんの講演を拝聴してきました。

伊丹市立工芸センターで開催されている第20回バスケタリー展に合わせてのミニ講演会でした。
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第20回バスケタリー展
  会期:2007年12月12日~2008年1月14日まで
 場所:伊丹市工芸センター(兵庫県伊丹市宮ノ前2-5-28)

 竹に限らないさまざまな素材で作られた籠やオブジェの作品展です。面白い物では地下鉄のプリペイドカードを割いたものを用いたオブジェや細い紐で編んだクラゲ。ドングリの傘(?)を繋いだオブジェなどもあり、楽しく拝見しました。
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小竹さんの講演のテーマは 『 海外から見たアートとしての竹 』 
 「竹の花」での紹介記事

 1時間ばかりの講演でした。エレベーター前の小さなスペースを使った講演会でした。通りかかった人にも聴いてもらい関心を持ってもらいたいという小竹さんの意向ということした。(ここでも宣伝すればよかったですね。影響力があるかわかりませんが(^^;))

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さて、講演会の内容をレジュメ風に紹介します。
<<概要>>
1 バスケタリー展について。
2 竹について。
 ・世界の竹の分布。日本における竹の分布。
 ・伐採の時期。竹の生理。年数の見分け方。
3 竹籠、竹製品について
 ・歴史的経緯…最古の籠。生活道具と竹。茶道との密接な関係。
4 田辺家の系譜
 ・歴代の竹雲斎の作風。伝統と変化。
5 竹工芸について
 ・使用する竹の種類(真竹、虎竹、黒竹、亀甲竹、紋竹、矢竹、煤竹)
 ・技術と共に伝承する道具達。
 ・竹の割り削ぎの実演。
6 アメリカにおける竹工芸の人気
 ・ロイド・コッツェン氏とロバート・コッフランド氏の功績
 ・コレクターの存在。アートとしてのコレクターの評価
 ・伝統にとらわれない作品そのものに対する評価される土壌。
 ・工芸家を育てるコレクター(コッツェン氏)や美術館の存在。
 ・アメリカで評価をうける竹工芸家達。
7 ヨーロッパにおける竹工芸
 ・イギリスではキリスト教文化の元での竹工芸等バスケタリーの地位低い。
 ・スイスはユダヤ教文化で偶像崇拝なく収集の素地あり。
 
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<<感想>>
 今回の講演会では、歴代の竹雲斎の作品と小竹さんの籠の作品そしてオブジェ作品が展示されていました。じっくりと近くで鑑賞させていただきました。また、機会があればみたいと思っていた竹を割る実演もあり、私としてはとても勉強になりました。

 私が竹を割る時は竹割包丁を勢い余って左手に当てたら怖いのでどうしても包丁を持つ右手を固定し、左手で加減しています。しかし小竹さんは大胆に右手を動かし手元を見ずとも割っていかれます。ものすごく簡単そうに。結局、色々な人に話を聞きますが割り削ぎの技術は訓練しかないようです。

 さて、今回の講演会を見て一番の収穫は、オブジェの鑑賞する視点を得た感覚を持ったことです。今まではオブジェをどう鑑賞して良いのかよくわからなかったのです。バスケタリー展でさまざまな素材のオブジェを鑑賞し、その目で小竹さんの作品を見ると素材の違いだけであることを感じました。そして、海外コレクターの視点を講演やその後の会話を通じて理解することができました。それは目から鱗が落ちるという感じでした。

 日本人の感覚の中には花籠には花を生ける物という固定観念があったのです。花籠を見る時それはあくまでも「籠」という「用途」をイメージし、その上で籠の形状やや使い方などを無意識に鑑賞しているのです。つまり籠には「底」と「口」がありそこに「用途」が存在します。この3点が「形状」を鑑賞する以前に存在するのです。そして「作家」「年代」などの付加価値。日本人は無意識にこのような順で作品を見ているのです。ところが欧米人にはそのような先入観はなく、籠も1つのオブジェなのです。全てがオブジェであり、竹の流れ方やフォルムが鑑賞の対象となっているらしいのです。その証拠に日本の美術館で展覧会をすると種類や年代に分けての展示になりがちですが、海外ではオブジェも籠も区別はされないとのことでした。

 そして、小竹さんのオブジェはこの「先入観」を排除して作成されているのです。”口の無い籠”なのです。それは「用途」という要素を排除し竹の曲線の美しさを「鑑賞」という要素だけを作品に残した形態なのだと私は悟りました。

 以上、くどくどと書いてしまいまいたが、今回の講演を拝聴し、開眼した”鑑賞の視点”です。先入観を捨てれば違った物が見えてきました。
 
<<余談>>
 「伝統」を保存するだけでは、それは廃れていきます。「伝統」に裏打ちされた技術で時代の空気を取り入れて発展させる。「伝統工芸」「伝統芸能」・・・伝統と肩書きの付く仕事をされている方の話しには共通して出てくる話で、それぞれの方が苦労されている部分でもあります。日本人はどうして日本国内にある伝統の美をもっと大事にしないのかとつくづくと考えました。そこには、やはり「伝統」は”難しいもの”、”古くさいもの”という「先入観」や「固定観念」が存在するのだと思います。「伝統」の魅力を日本人に再度広めるにはこの先入観、固定観念を壊す以外に無いのかもしれません。

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<<謝辞>>
 講演会の後、色々と教えて下さった小竹さんと奥さんの竹の花さんにお礼申し上げます。長居してすみませんでした。とても勉強になりました。

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コメント

幸雲さま
当日は、本当にありがとうございました。
おいで下さり、とても嬉しかったです☆
少しのお時間ですが、
お話できて楽しかったです♪
丁寧に講演のことを説明して下さい
本当にありがとうございます。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します○┓

投稿: ∞竹の花∞ | 2007/12/17 12:11

竹の花さん。
 こちらこそ、価値ある時間を過ごせてとても充実していました。また、お誘い下さい。ぜひ。足を運びたいと思います。

この記事を読んで関心をお持ちの方。
 メモを取っている範囲で紹介すること可能ですので、コメント付けて下さればさらに解説します。

投稿: 幸雲 | 2007/12/17 22:37

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