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終戦日記(昭和20年8月6日)

 昨日、8月6日は広島の原爆忌。テレビでも原爆についての番組が多くなる季節。毎日新聞では、年間を通じて原爆についての記事を掲載しているがやはりこの時期は多い。

 さて、この8月6日。鎌倉の大佛氏はどのように過ごしていたのでしょうか。

 当時、情報が統制され、一般国民に入ってくる情報は国家のフィルターを通ったもの、さらには遅れて詳細がわかるという状況。(戦艦大和が沖縄沖で撃沈したことを8月6日の時点で耳にしている。大和が沈んだのは4月7日。翌7日の新聞には巨大戦艦を特攻させた司令官の昇進を知らせる新聞記事。艦名は当時の新聞のこと伏せられており、大佛氏は大和かと推測している。)

 大佛氏の人脈から伝わる情報は世間よりも早いが原爆についての詳細は8月6日の時点ではまだ入手していない。
 関西からの来客に関西の状況を聞いていることを記録している。大阪大空襲の時、燃えかすが生駒山を越えて奈良に降ってくるという話は、以前に実際に見た人から聞いたことがある。夜中でも西の空が赤々としていたそうだ。

(この記事は抜粋、要約しています。)

8月6日
・朝に敵小型機編隊が入ってきて関東北部に警報。
・来客に奈良の近頃の状況聞く。
 三月堂は解体疎開。仏像を浄瑠璃寺など山陰の寺に疎開。
 桃の産地の平畑で買い出しに来た闇屋を殺して金を奪った事件。犯人は金を持っても食い物が手に入らず、宿も泊めなかったという。
 鹿の盗殺がはやっている鹿を捕らえて畑を荒らしたと春日大社に言うと責任逃れのため神社の鹿ではないという。鹿が3分の1に減。
 大阪の火事が奈良にも煙吹きつけ日の色が変わる。燃えた紙のたぐいが盛んに降る。
 
・出版社が解散。空襲により紙のストックを焼いたため。
・奈良から来た人、戦局に無知。地方に住む人の代表的な考えか。今やめたら大変なことになるという。2.26のごとく重臣を排撃し、青年将校のみで飽くまで闘おうと企てる革新暴動が起こるのではないか、という。宣伝せられた本土作戦に希望を持ちしきりと「新兵器」に期待をかけている。

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