« ポメラツールpbl.xls「一世代前のファイルの保存」 | トップページ | はやぶさ展 »

映画「ノルウェーの森」を見ました。

村上春樹原作の映画「ノルウェーの森」を見ました。
私は、映像から村上氏の小説の行間を感じるという妙な感覚にとらわれました。実によく、村上作品のエッセンスを映像化していると感じました。映画の質としてもよいものでした。

しかし、単純なストーリーの娯楽映画ではありません。
元々、村上作品は淡々と流れる物語の奥に本当に言いたいことが存在するものが多いように、私は感じています。

だから、一つの出来事はどうして、そこで語られたのかよくわからないが、全体としてみた場合、もしかして、これを言いたかったのかと気づく。そんな感じです。
その作品世界を、映画では台詞を抑えて、言葉での説明に頼らず映像で語るという手法使って描いているのです。単純に娯楽作品としてみると、何が言いたいのかよくわからない作品かもしれません。

村上作品の主人公の特徴ともいえる、何となく流されるように生きるボク。さまよい。青春群像。性。生と死。ばらばらな物が絡み合うような構造。多くを語らないわかりにくい結末。見る物は作者が仕込んだ隠喩や問いに自らを重ねそれぞれの結末をイメージする。そんな作品なのです。

映画では物語の舞台である昭和を丁寧に、リアルに描いています。人物の服装や部屋の小物まで当時の物か、それを模したものを使っているようでした。時代の雰囲気がよく出ていました。そして、都会の雑然とした風景の”動”と、美しい自然の風景の”静”の対比。そこには、日常で暮らすボクと、療養する直子との精神世界の対比が暗示されているかのようです。主人公は様々な想いの中、2つの世界を時間をかけて行き来する。

これは、海外の監督だからこそ撮り得た映像だったのでしょう。台詞を押さえ映像で見せていくのは、河瀬直美監督の「殯の森」に通じるものがあります。海外で好まれ映画とはこのようなものなのかもしれません。

親友の死から始まる男女の苦悩。精神を病む彼女。親友の彼女にひかれた主人公。その彼女を支え一緒に暮らすのがやがて「義務」というように感じる主人公。

彼女は死んだ彼氏のことを思い心を病み、さまよい、歩き回る。幼なじみである主人公もそんな彼女にひかれ放っておけない。愛、義務、それが入り乱れ主人公も流されるように、さまよう。

そして彼女の死。痛みをいやすための放浪。その果てにたどり着いた結論、「悲しみについて学ぶことしかできない。しかし、将来くるさらなる悲しみにはその経験は何の役にも立たない。」主人公は東京に戻る。彼の前を通り過ぎる人々、人間模様。アパートの公衆電話でガールフレンドに電話をする。彼女の問いかける。
「あなたはどこにいるの?」
主人公はとまどい、「ここは・・・、どこだ」という主人公の声。暗転するスクリーン。

監督はこの映画で村上氏の作品の中から、さまよい、放浪を青春もしくは人生の隠喩として表現したかのように感じました。

と、ここまで、熱く語ったのですが、実のところ、私は原作を読んでいません。ですから、村上氏が本当は何を言わんとしていたかはよくわかりません。ただ、映画をみて、そこに村上春樹の作品世界を見いだしたのです。

妻によると、原作には主人公が生活する寮の滑稽な住人も登場し、青春群像のような作品だとのことです。

これから原作を読んで見たいと思います。私が感じたことが原作にあるかどうか。楽しみです。

<2011/01/10>

|

« ポメラツールpbl.xls「一世代前のファイルの保存」 | トップページ | はやぶさ展 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41440/50805921

この記事へのトラックバック一覧です: 映画「ノルウェーの森」を見ました。:

« ポメラツールpbl.xls「一世代前のファイルの保存」 | トップページ | はやぶさ展 »