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京大批判に垣間見る「消費者意識」

不正入試事件で、京大を非難をしている人の考え方を推察しながら、最近の世の中のことを考えると、あるひとつの思いに行き着きます。

最近の日本人は責任あるもった「市民」としての行動ではなく、「消費者」としてあり続けようとしているのではないでしょうか。そう考えると何もかもが腑に落ちてきます。問題が起こればマスコミをはじめ、誰でも彼でも組織を攻撃します。サービスを与える側を攻撃するのです。今回の事件でも全く関係ないと思える、予備校の先生が謝罪していました。

世の中至る所で出現する”モンスターなんとか”もまさにその通りでしょう。自分の事は棚にあげて学校や、医療従事者の責任を追及する。そこには自分の責任は存在しない。なぜならそれは、自分は消費者だから。寄付や何かにしても、自ら積極的に募金するのではなく、寄付金付きの商品を買ってなんとなく満足する。こんなことがあまりにも多くないでしょうか。

責任の伴わない「消費者意識」だけが増大、適用範囲が拡大すれば、多くのものが崩壊していくような気がします。教育も医療も、もともとサービス業ではないのに、いつの頃からそんな視点で見られるようになっています。これから先、ますますおかしくなっていきそうで不気味でもあります。

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