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震災報道で感じる違和感

新聞の震災報道を見ていると、被災者の方々が、悲しみをこらえて、前向きな言葉をつぶやかれる様子が報告されています。東北人の気質と讃える記事も目にします
しかし、どうも違和感を感じずにはいられません。

がんばれば何とかなるというのが見えている被災者の人は希望があるでしょう。でも、家も家族も失った人には未来が描けない今の時点で、がんばりようがない状態なのではないでしょうか。新聞の報道が時には残酷にさえみえることがあります。

実際に、自分が取材される側だったらどうだろうと考えます。前向きな言葉くらい口にして自分を励ましていないと、自分が崩れてしまう。そう思うことでしょう。

今日の新聞の読者投稿のコラムを見ていてその思いをさらに強くしました。

阪神大震災を経験した投稿者はこういいます。

被災者の方々がテレビで「元気です」「頑張っています」「大丈夫です」と発する姿こそ、私たちが受け止めなければならないSOSなのではないかと感じる。きっとそう言わなければ自分が折れてしまうと分かっているから、自分を奮い立たせておられるのだと思う。

そして、「頑張らないで」「泣きたいだけ泣いて、弱音をいっぱい吐いて」「生きてください」と筆者は結んでいます。私も同感です。

2011.04.21
毎日新聞【大阪版】 頑張らないで 

【2011.04.21記】

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