« 竹工芸の継承・革新(シンポジウム3) | トップページ | 竹工芸の継承・革新(シンポジウム、私の意見2) »

竹工芸の継承・革新(シンポジウム、私の意見1)

シンポジウムは途中退席しましたが、その時点での私の考えをまとめました。

1 先細りする竹工芸と海外の評価

 シンポジウムでは、先細りする竹工芸をどうしていくかという話をされていました。そして、海外の評価が高いということにもふれられていました。

 海外での評価が高いというのは、とてもすばらしいことだと思います。
でも、日本の伝統文化が海外で評価されているから、竹工芸の活路は海外という考えには、違和感をおぼえます。それは現状であり、長期的には不安定ではないではないかと思うのです。

 本当に竹工芸に携わる人が生き残れるかどうかは、日本国内にどれだけ竹工芸ファンを作っていくかにかかっていると思うのです。海外で活躍できるのは、一握りの人でしかありません。竹に携わる人のピラミッドの話がありました。トップに美術工芸の作家がいて、その下に職人それに続く竹関連業界。海外にだけ顧客を求めては、限界があります。結局先細りでしかなのです。おそらく、会場の皆さんの思いは同じだと思います。
 国内にファンを作っていく方策を考える必要があると思うのです。

2 竹工芸品を見る目を肥やす

 会場から竹工芸の常設展が必要だという声がありました。小竹さんもその提案に賛成しておられました。作家に作品を2つ協力して欲しいといえば、作家50人いたら100点は集まる。常設展は是非必要とおっしゃっていました。

 私も大賛成です。会場から発言された方は、若い職人が勉強する所を提供すべきとおっしゃっていました。小竹さんは、美術工芸としての竹工芸のすばらしさを、多くの人に感じてもらうためという主旨です。
 私の思いは「竹籠とは、百均で売っている物」という人達の認識を変え、目を肥やすために必要だと考えます。私の周りにそんな人が多くいるのです。

 小竹さんは大阪で実現さるのが夢だそうです。私は大阪のような消費地、竹工芸の存在を知らない人が多い所にこそ必要と思います。

 美術館で良質の作品を目にすることにより、粗雑な籠と質のいいものの違いを見極める目が育つと思うのです。事実、竹籠に関心のなかった妻は、私と色々な展覧会にいくことで、竹籠の善し悪しを感じるようになりました。

 しかし、一方で、竹工芸では人が集まらないという話しもあります。運営面では難しい一面はあるのでしょう。しかし、定期的に展覧会を開催する必要はあるのです。

<<続く>>


過去の関連記事

|

« 竹工芸の継承・革新(シンポジウム3) | トップページ | 竹工芸の継承・革新(シンポジウム、私の意見2) »

コメント

大変充実した大分滞在でいらっしゃったようですね。
シンポジウムの詳細な記録もさすがです。
優れた作品で目を肥やす・・・というのは、
美術品、工芸品において、本当に大切なこと
なのだろうなと私も感じます。

投稿: hanano | 2012/09/29 15:33

hananoさん。コメントありがとうございます。
2日間の滞在でしたが、とても充実していました。シンポジウムの記録は、メモをとったノートを、帰りの新幹線の中で打ち込みました。まだ記憶が新鮮なうちに書いたのですが、結構抜けています。
 本物を見るという事は、大切だそうです。新聞に博物館の学芸員の方が書いておられました。美術大学時代に、先生が本物を見なければいけないということで美術館巡りの講義があったそうです。やはり、その経験が後に生きてきているということでした。
 私自身、すごい籠を作ったと思っても、いい作品をあちこちで見ているうち、自分の作った物のアラが見えてきて嫌になることもあります。
 安い物を使い捨てという生活もいいかもしれませんが、いい物をいつまでも大切にという生活スタイルの方が心豊かにいられるように思います。

投稿: 幸雲 | 2012/09/29 18:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41440/55769632

この記事へのトラックバック一覧です: 竹工芸の継承・革新(シンポジウム、私の意見1):

« 竹工芸の継承・革新(シンポジウム3) | トップページ | 竹工芸の継承・革新(シンポジウム、私の意見2) »