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「思い出のマーニー」見てきました。その2

昨日買った雑誌「プレジデント」を読んでいると、ジブリが長編のアニメから撤退するという記事を目にしました。ジブリの記者会見の報道で小耳には挟んでいたのですが、やはりそうなのかと思いました。

記事ではジブリは宮崎駿のアニメ制作をサポートするための会社というようなことが書かれていました。記事では宮崎駿が作った物の売り上げでその他の作品の穴を埋めていたというふうに解説していました。
作らないということはないが「思い出のマーニー」以降は予定がないということのようです。残念です。

私は、宮崎駿が作った最近の作品よりも「思い出のマーニー」の方がよくできていると思います。昨年の「風立ちぬ」も良いと思っていましたが、それ以上の作品です。
宮崎駿の作品はアクション等があったりと娯楽性に富んでいて楽しいのです。最近はイメージ先行という印象もぬぐえません。

一方、「思い出のマーニー」は派手なアクションはなく、淡々と物語りは進んでいきます。そして、マーニーとの交流で心を閉ざした主人公が、心を開いていく様子を描いていきます。そして、自分を取り巻く人々のことを考え、人を許すということができるようになるという成長。そして意外な出自の秘密。とても、感動的です。映画を見た後に清々しい気持ちが心に残ります。この”読後感”の様な感覚。これが他のジブリ作品とは随分と違うように思うのです。

実は、昨日「思い出のマーニー」をもう一度見てきました。妻も見ると言うので、付き合って見てきました。というのは、建前で本当はもう一度見たかったわけです。DVDを買ってもいいかなと思っているくらいです。
妻はこの映画を見たらきっと泣くだろうなと思っていましたが、やはり泣いていました。ほろっとさせられる場面があります。私は2度目もやはりほろっとさせられました。やはり良いのです。

実際のところ、主人公と出会うマーニーは亡霊か夢か空想かよくわかりません。マーニーと主人公が話をしている時、主人公の意識が混濁した時、マーニーからは主人公が突然姿を消したというエピソードがありました。もしかしたら過去との時空を超えた交流だったのかもしれません。

しかし、それは単なる夢や空想などということではなく、子供の頃に昔話のように繰り返し聞かされ、潜在意識に埋め込まれた物語であるという伏線が張られています。

それが”マーニー”と主人公の交流が単なる夢なのか、亡霊なのか、時代を超えた交流なのかを曖昧にし、見る者が様々な思いで受け止められるような複雑な作りになっており、とてもうまいなと思いました。

妙にリアリティのあるCGのアニメや、ポリゴンのような中途半端な3Dのアニメが増えている中、ジブリの手書きのアニメはとても魅力的です。
この映画でジブリの長編が終わるというのはとても悲しいことです。「床の下のアリエッティ」も面白かったし、米林監督の作品に期待していたところです。
子供の頃に見た名作劇場のような質の高い長編アニメが姿を消すのは残念でなりません。

リアルな絵のアニメではなく、物語が魅力的なら映像が手書きでもリアルじゃなくてもそれは魅力的な映画となるはずなのです。逆に省略された中にリアリティを感じることもあります。
ジブリの手書きアニメはとても貴重な日本の文化であると言えます。絶やさないで欲しいと思います。


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