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なぜ時代劇は滅びるのか

私は、地デジ化以降、テレビをほとんど見なくなった。面白いテレビがなくなった。面白くもないのにバカ騒ぎをしているバラエティしかないテレビなどなんの魅力もない。ニュースとNHKスペシャルのようなドキュメンタリーや教育テレビの教養番組さえあればそれでよいと思っている。

20代の頃、トレンディドラマがはやっていた。でも私は時代劇が大好きだった。あの頃は、毎日どこかのチャンネルで時代劇をやっていた。ワンパターンでもあったが、よく見ていると現代社会の事件を風刺しているような物語があって、古いともなんとも思わなかった。

しかし、面白い時代劇は面白くもない長時間のバラエティに駆逐されてしまった。よく見ていたNHKの時代劇でさえ、放送時間を転々と変えてとうとうBSに引っ越し見ることができなくなった(最近、また地上波に戻ってきたようであるが)。そして、私の中の順位では低位にあった水戸黄門でさえも終了してしまった。

私の時代劇の原点は保育園のころ、夕方の再放送でやっていた「遠山の金さん」だ。中村梅之助がやっていた。丸顔の金さんだ。大江戸捜査網なんかも面白かった。色々みたがやはり役者が変わっても「遠山の金さん」が好きだった。最近再放送でみてやっぱり、いいなと思うのは中村吉右衛門の「鬼平犯科帳」である。少し暗いトーンで盗賊の悲哀、長谷川平蔵の人情、江戸の情緒というか雰囲気。私はエンディングのジプシーキングのギターが異質であるはずなのに、江戸の情緒と結びついて、いつも余韻に浸っていた。

とはいうものの、たまにスペシャルのようにやっているテレビの時代劇をみると学芸会のように見えてしかたがない。地デジ化になって、クリアになりすぎ妙に明るい画面では雰囲気が出ない。その点、NHKの大河ドラマの「龍馬伝」の汚れた雰囲気は新しい時代劇の映像を感じた。力強く迫力もあった。

前置きが長くなったが、先日、書店で手に取った本がある。

「なぜ時代劇は滅びるのか」(春日太一・新潮新書)

帯に「作家 和田竜氏も驚愕! この毒舌!やり玉に挙げられた人たちが気の毒になるほどである」というセンセーショナルな宣伝文句が書いてあった。でも、読んでみるとこれは誇張表現である。全く毒舌でもなんでもない。事実である。私はこの本を読んで現在の時代劇の置かれた状況がよくわかった。時代劇が廃れていった過程を如実に解説している。そして私の代弁もしてくれている。

私が時代劇をよく見ていた20代は時代劇が一時期的に持ち直した時期であることを初めて知った。当時でも固定観念として時代劇は高齢者向きで古く臭いという風潮はあった。すでに述べたように私は、現代の問題を江戸を舞台としてドラマ化し風刺などをしていると思って見ていた。

この本でも筆者は同様の主張をしていた。さらに「時代劇はファンタジー」と述べている。そうなのだ。SF映画が、現在の延長線にある問題を未来という舞台で表現しているのと同様に、過去の世界を舞台にして表現していると思えば大差はないのである。だから忍者がガマに化けたってよいのだ。剣客があり得ない剣法を使っても許される。その世界観に違和感なく引き込んでくれれば一大エンターテイメントなのだ。
しかし、そんな楽しみ方が減っているのも事実だ。時代劇に史実への忠実を求める声が強くなってしまって、面白くなくなるというのも事実。武士らしい身のこなしができる人、時代劇を作れる人、理解できる人が減っているというのも事実なのだと思う。しかも、視聴率という数字で時代劇が劣化し風前の灯となている。

現在、地上波で残っている最後の砦とも言うべき、大河ドラマの酷評が最終章で書かれている。確かに劣化は甚だしい。物語が軽いと感じていたところでこの批評を読んで納得した。確かに酷評だが的を射ている。期待するからこその酷評だ。指摘のあるように「利家とまつ」など妻が評定の場に出て行くなどというのも考えられない。また、昨今の主役となる女性は周りが老けても若いままという指摘もいいえて妙だ。

大河ドラマは人生の浮き沈み、苦悩を見せてくれる人生ドラマだ。でも今は大河はそうはなっていないものが多い。

私が大河ドラマを一生懸命見ていたのは、学生時代にやっていた中村吉右衛門が弁慶を演じた「武蔵坊弁慶」。そして今やハリウッドスターとなった渡辺謙の伊達正宗だ。確かにどちらも苦悩や悲哀やそんな人生の浮き沈みみたいな人生に心を打たれていたというのは事実だ。それと比べると今の大河は薄っぺらい学芸会の印象を拭えないところがある。

筆者の辛辣ともいえるような指摘は、大河ドラマ復活へのエールであると私は思う。関係者の反省を求めるとともに、重厚なドラマを見せて欲しいという筆者の愛を感じる。

骨のある時代劇の復活を切に願う。

(2014.9.18)

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コメント

> 面白くもないのにバカ騒ぎをしているバラエティしかないテレビなどなんの魅力もない。

まったく同感です。
もともとTVはあまり見ないんですが、
なぜあんなにも各局で金太郎飴みたいなことができるのか。
テレビ業界の人間としてプライドはないんでしょうか。
まあ、それでテレビ局がなりたってるようだから、視聴者も視聴者なんでしょうけどね。

投稿: うさぎさん | 2014/10/28 21:06

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