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高野山の名宝展

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あべのハルカスに行ってきました。展望台に登りたいという思いはあったのですが、16階にあるあべのハルカス美術館で開催されている「高野山開創1200年記念 高野山名宝」展を見てきました。

「高野山開創1200年記念 高野山名宝」
会期:2015.1.23-3.8
会場:あべのハルカス美術館
公式HP:http://koyasan2014.jp/

Koyasan20150214

今回は最近仏像鑑賞に関心が出てきた妻に誘われて行きました。私が行かなければ一人でも行くというのですから、なかなかのものです。いわゆる”仏女”に目覚めたようです。

私は以前から仏教や仏像などに関心がありました。実は、今回の展覧会の目玉である不動明王と八大童子立像は、2003年に京都国立博物館で開催された、「弘法大師入唐1200年記念 空海と高野山」展(2003 (H15).4.15(火)- 5.25(日))で見ていたのです。しかも、不動明王坐像と八大童子立像には感動して絵はがきセットまで購入していたのです。(東京国立博物館のサイトに当時の展示の記録が掲載されていました。

前回の展覧会を見てどう感じたのかを日記を紐解き振り返ってみました。

「仏像に心を奪われた。とても美しい。きれいだった。力強く、ありがたい。高野山で見たらさぞかし荘厳だろうと思った。」(2003.5.21)

日記で心奪われたと書いた仏像は何であったかは書いていません。しかし当時買い求めた絵はがきは、不動明王と八大童子立像の他に、大日如来坐像、孔雀明王像、弘法大師坐像でした。ほかに法具の金剛三鈷杵の絵はがきも購入していました。当時は仏像よりも密教の法具に魅力を感じていたのです。しかし、展覧会を見て仏像のすばらしさに感動していたのです。

とはいうものの、これは展覧会から帰ってから当時を振りかえったものです。会場には以前に見たということと、とてもよい仏像だったという、薄れかけた記憶だけを持って展覧会に足を運んだのです。

前回、私が見た展覧会は、弘法大師が唐に行って1200年。14年経って今回は弘法大師が高野山を開いて1200年という節目の展覧会でした。

会場に入ってまず、弘法大師坐像がありました。柔和な中に厳しさを秘めたお顔立ちで、見る者の心を浄化するような像です。若い頃の空海なのでしょう。

私の目はこの像に釘付けになりました。自然と手を合わせて拝むような心持ちとなりました。
金色のお体の大日如来坐像も同じような気持ちで自然と手を合わせていました。

今回の展覧会のメインは、運慶作の八大童子立像でした。パンフレットやチケットにも使われていました。これらの像も本当にすばらしい。

千年の時を経てもなお色鮮やかに残る色彩。まるで生きているかのような造形。作られた頃のこの童子達はまるで生きているかのようであったに違いありません。

図録等の写真ではわかりにくいのですが、童子達の像の前に立つと、表情豊かな童子達は今にも動き出しそうな感じがするのです。

14年前の日記を読み返して、当時も同じような感動を抱いていたことを思い出しました。

それほど高野山の仏像は見る者に何かを訴えてくるのです。単なる仏教美術ではないと私には思えます。日記には、あまりにもありきたりな言葉が並んでいましたが、14年経ち仏像達に再会をしても、やはりこの気持ち、感情は言葉にしようとすると、ありきたりで陳腐な言葉しか出てこないのです。

時代々々の貴族や権力者から寄進した、その時代の最高水準に技術で作られた建物や仏像達。その仏教美術が現在まで受け継がれてきた高野山。山の上の正倉院とも言われている所以でもあります。これほどまでの美しい保存状態で伝えられており、しかも信仰の対象として今も生き続けているのです。とてもすばらしいことだと思います。

展示品はすこし少ないような印象もありましたが、魅力ある作品が多い展覧会でした。美術館を出て心が洗われるという感じがするのは、やはり高野山で長年祈り込められた仏像達が放つ力に触れたからなのかも知れません。

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