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「京都」のみやげ~記号としての「京都」

地域活性化のためには地域で生産した材料を使い地域に住まう人達が地域で生産し地域を基本として販売活動をするということが大切であると考えます。
土産物は特に”地産地消”に近いものを求めたくなるというのは、私だけではないと思います。

東北の震災後、姿を見なくなった外国人観光客が「爆買い」に始まる中国人観光客増加を皮切りに、急増しています。

京都でバスに乗ると乗客のほとんどが外国人ということも珍しくありません。日本人かと思ってたら中国人、韓国人がほとんどだったりします。最近では、アジア系に加えて西欧系の人も増えてきました。

このまえ、八坂神社に行ったらまるで海外でした、見渡す限りの外国人観光客。日本人に見えているうちのいくらかはアジア系観光客。さらに、驚いたことに最近では夜の繁華街や夜の電車にも外国人観光客をたくさん見かけるようになりました。

そんな観光客を狙ってか、老舗風の名前と店構えをする新しい店ができたりしていますが、よくよく聞くと東京資本だったりして、興ざめしてしまうのです。

新聞を見ていると、海外観光客の恩恵を受けているのは京都駅周辺などの大手の量販店などで、いわゆる京都の土着の企業などの景気はそれほど良くなっていないといいます。

なんとなく、「京都」という土地柄とか文化とかを含んだ「京都」から、”記号”としての薄っぺらい「京都」で金儲けをしようと外から資本が流入しているというのが最近の風潮のような気がします。文化の切り売りとでもいえるのかもしれません。

私は、嘘っぽくて嫌いです。

私個人としては、せっかく旅行で遠くに来たのだから、地域を感じるものを買いたい、「地域」でお金を使いたいと思ってしまうのです。

でもいわゆる”まがいもの”商品が多くあるのも事実です。以下実例です。

・北海道のお土産としてもらったラベンダー石鹸。実は地元の工場で作られていた。
・フランスで少し背伸びして買ったバック。ベトナム製だった。
・京都で京都と謳って売っていた和柄の紙ナプキン。中国製だった。

お土産物は低価格に抑えなければ売れないということもあってか大量生産、輸入物を仕入れるか海外で作らせたものに地域の名前を入れるだけというものが多くできるのでしょう。

でも、わざわざ中国からきて、京都製と思って買ったものが「中国製」だったらさぞかしがっかりされるだろうなと思うのです。

「地域活性化」「もらった人が喜ぶ」を謳うならやはり「地産地消」ならぬ「地産地売」のものでないとやはり「まがいもの」の印象はぬぐえないのです。

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