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竹の原点と人生の指針

Sikisi20160616

写真は、小学校の卒業記念に私が描いた絵に校長先生が揮毫してくださった色紙です。

私が竹が好きだというのは、このブログの古い読者の方はよくご存じのことでしょう。その竹の原点といえるものが、この色紙なのかもしれません。

小学生のころ、竹を細く割って掛け軸風のものを作ったり、竹トンボや竹馬を作ったりと竹にとても親しんで過ごしました。

6年生の時に、卒業記念に色紙を描くことになりました。
墨書に似合う絵がいいと思って、結構悩み、竹にしました。竹の節の部分を白く抜き、節間だけを描くという竹の絵は、包装紙か何かにあったものを真似て描きました。

それから数十年。いまだに、竹が好きというは、なんだか私の人生の方向を決めた絵といってもいいのかもしれません。

私は、この絵に添えてもらう文章は、卒業後に何か指針となるかっこいい文がいいと思って、ことわざ辞典などで探しました。

そして、決めたのは次の言葉でした。

「運根鈍」(うん・こん・どん)

意味は、成功には、運と根気(根性?)と愚鈍なほどのねばり強さの三つが必要とかそんな意味だったと思います。風になびくしなやかさと粘り強さと大地にしっかりと根を張る竹の性質から、今考えても、この絵に添える文字として悪くありません。

校長先生の揮毫が楽しみでした。卒業式の日、友達は自分の言葉を描いてもらっていたのに、私が受け取った色紙に描かれていたのは、違う言葉でした。少しがっかりしました。

「運は善き人を助く」

言葉の意味も、当時はよくわかりませんでした。でも、おそらく、「運根鈍」を校長先生の経験の中から言い換えてくださったメッセージなのだと思いました。そんなこともあってか、卒業後もこの言葉は、心の片隅にずっと生き続けてきました。

今、改めてこの言葉を考えると、確かに「運根鈍」では、いくら努力しても運が伴わないとだめだということになり、「運」に対して受け身になっています。

校長先生はそういう生き方ではなく、「善き人」になることが「運」を招くのだ、「善き人になれ」というメッセージをくださったのだと思います。(出典は何かを今、ネットで調べてみましたがヒットしませんでした。先生の経験からの言葉なのかもしれません。)

「善き人」になれたか、どうかわかりませんが、人との出会いで助けられたことは確かに多くありました。この言葉をくださった先生に心から感謝しています。
今度、座右の銘を聞かれたらこの言葉を答えようと、遅ればせながら、この色紙を見て思いました。

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