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聲の形

映画(アニメ作品)を2本連続で見てきました。まずは、京都アニメーション制作の「聲の形」。最近、私は京都アニメーションの作品を注目しています。人間関係など結構深いところでうまく作り上げている感じがするのです。

今回の作品は、穏やかな雰囲気でほんわかと進んでいくのですが、取り扱っているテーマは結構重く、10代の若者たちには共感する人達が多いのではないかと思います。

物語は主人公の小学生時代から始まります。主人公はやんちゃな男の子。ある日、同じクラスに転校してきたのは耳の聞こえない女の子。最初はみんな親切にしていたけれど、やがてコミュニケーションがとれないもどかしさから、彼女をいじめるようになります。クラスで一番のいじめっ子だった少年やその仲間。女の子の中にもいじめる者が現れます。優しくしようとしている子達に対しても点数稼ぎなどと罵るしまつ。

やがていじめが発覚し、教室で校長から「高価な補聴器が何個もなくなっているとのこと、正直に言って欲しい」などという話を聞き、反省して名乗りあげようかとどうしようかと迷っているときに、担任に「お前だろ」と言われてしまう。しかし、いっしょにいじめていた者たちは、少年一人に罪をなすりつけ、黙りこむ。

それ以降、少年は仲間から逆にいじめられ、中学時代も孤立して過ごす。高校に入っても、回りと打ち解ける事ができなくなり、孤立する。それを苦に自殺を試みるが思いとどまる。そして、小学校の時にいじめていた女の子と偶然再会して、人生が変わっていくという話。

やがて、その彼のことを、彼女は好きになり、彼も彼女のことが気になる存在となっていきますが、うまくコミュニケーションがとれなくてすれ違い。せっかく仲良くなった仲間ともうまく行かないということにもなってしまいます。

再開した時、彼は、彼女に手話で話しかけます。少女が転校してからも少年は彼女のことを思い、手話を習っていたのです。おそらく少年は彼女とのコミュニケーションをとれなかったことを悔やんでいたのでしょう。でなければ手話を学ぶことなどなかったはずです。

冒頭のシーンでは耳が聞こえないという話を聞くまでは、少女を見て心が惹かれたような印象だったので、最初から気になる存在だったのかもしれません。

やがて、彼女は自分は近くにいる人を不幸にすると思い込み、飛び降り自殺を図ります。最近の若者対象の物語で、「泣ける」とかいう評価のついた物語では、安易に人を殺してしまうことが多く違和感を感じていました。この物語もそうかと思いましたが、違いました。

ラストについては詳しくは紹介しませんが、最後はハッピーエンドで終わりました。私はハッピーエンドでない映画は好きではありません。後味が悪いのです。

人の痛みを感じ、相手のことを思いやり、自分の嫌なところも含めて好きになること、そして、人は変わっていくことができる。そんなことを伝えようとしているのかなと思いました。青春っていいなと眩しさも感じてしまいました。

最近のいじめの特徴とよく言われる、いじめる対象が変わっていき、いじめている側もいつ対象になるかわからない。だから、多数の側に黙ってついていくという重苦しい圧力。その圧力は、あると思うとずっとある。それは過去の経験の中から自分が自分自身の中に創りだす。数人が自分のことを思っているということを自覚すればそのような重圧は自然と取り払われて、昨日までの重苦しい雰囲気はやがて晴れていく。そんなメッセージを私は感じました。

おそらく、10代の人達はこんな理屈っぽいことは考えず、単純にラブストーリーとして見てただろうと思いますが…

淡い色調で淡々と繰り返される日常の中、いじめという思いテーマも含みつつ、不思議と後味よく感じるのは、登場人物の中にあふれる優しさのせいなのかもしれません。

(脇役たちのユーモアあふれるやり取りも魅力です。場内からも、くすくすと笑い声があがっていました。)

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