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門松考。門松の原型は結界。

門松について調べることがあり、考察したことをまとめておきたいと思います。

現在、門松というと基本的に竹を斜め切りにしたようなものを門松といいます。
しかし、これは近代になってから普及し、昭和以降メディアを通じて一般化していったと考えられます。

正月飾りは家を神社同じ様式で飾るための物

まず。正月とは何かを振り返っておきます。

明治以前、人々は正月で歳を取ると考える数え歳でした。人も物も全てのものが一つ年を取ることを祝う、いわば世の中全部の誕生日をお祝いする行事でしたす。
家庭には歳神様を迎えお祭りし、その年の豊作や幸を願い、餅や日常には食べることができなかった米だけのご飯を食べて盛大に祝い正月は各家庭に歳神様を迎えてお祭りするのです。

その際に飾るのが正月飾りです。
正月飾りは地域により様々な様式はあると思いますが、基本的に門松、しめ縄、鏡餅の3つです。
これらを用いて神様を祀るのは神社の様式なのです。
神社の入り口には神域であることを示す結界としての鳥居が有り、さらに社の前にもしめ縄が張られ、さらに社殿奥にはご神体として鏡が祀られています。

これと同じ様式で家の門前には鳥居としての門松。そして玄関口にはしめ縄、そして鏡餅が祀られます。祀る神様は歳徳神。つまり、正月飾りは神社と同じ様式で祀っているのです。

結界としての竹としめ縄


では鏡を表す餅と、しめ縄は分かるとして鳥居と現在一般的な斜め切りの竹を飾る門松の形があまりにも違うように見えます。
しかし、私住む地域では昭和30年代ころまでは、両脇に笹を立てて間にしめ縄を結界のような形の門松だったといいます。

ここで神事にのこる結界について見ていきます。

神域を示す結界を示す物として現在でも見かけるのは、地鎮祭などで祀られる結界があります。

地鎮祭 (「けんちく工房邑(https://www.kk-yuu.com)」より)の結界

また、祇園祭などの神事にも各所にこの竹としめ縄を使った結界は目にすることができます。以下に祇園祭で用いられる結界について拾っていきます。神域を示すために用いられていることがわかります。

祇園祭 (「Wa☆Daフォトギャラリー 旅紀行日本の祭り」から)で長刀鉾の前に張られた結界


神用水清祓式  (「祇園祭京都cf 祇園祭特設サイト」から)で使われる結界

 上と同じく、鴨川の水を取る神事を行う場所に立てられた鳥居のような結界。(京に癒やされて(http://www.kyoto-brand.com/))
  

オハケ清祓式斎竹建  (「祇園祭京都cf 祇園祭特設サイト」から)で使われる結界

御手洗井のところにある写真には鳥居の前に立てられた大きな竹にしめ縄をはった結界がつくられています。(まるで仙台の門松と同じ形)

夏越祭  (「祇園祭京都cf 祇園祭特設サイト」から)で使われる結界
夏越祭でも、茅の輪が鳥居に設置されていますが、よく見ると竹としめ縄で構成される結界が作られています。

結界型(鳥居)が門松の原型ではないか

以上のように神事に残る結界をみてくると、門松としては特異な形に見える仙台の結界型の門松も同じ様式で立てられており、伝統的な神事の形を残しているということがわかります。
貝原益軒の日本歳時記にある門松の絵でも同様に松と共に竹が両側に立てられしめ縄が張られており、松と共に結界が作られている事がわかります。
以上の事から、竹としめ縄は神域を示す結界をといえます。では松とは何か。祇園祭の鉾の屋根には長刀など金属の飾りがついていますが、山には必ず松が飾られています。このことからも松とは神のよりしろであり、それから先が神の神域を示すため竹としめ縄で結界がが張られているのです。このセットがいわゆる門松の原型なのです。


それが、時代の変化か大きな松が飾れなくなり小さくなるとともに、結界を示していた竹の上部が切り取られ省略され単なる柱なった竹に対して様々なめでたい言われを付加しながらモニュメントとして広まったというのが今の門松と考えられます。
それでは、京都の旧家で伝統的な「根引松」をどう理解するのか。これは、結界を自体を省略して神のよりしろとしての松の部分だけを飾っているのだと理解できます。町屋の住宅事情からそうなったのかもしれません。

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