カテゴリー「おすすめサイト」の記事

ポメラ活用術

 ポメラの活用について書いていらっしゃるサイトがありましたので紹介します。
 自己啓発本には、隙間時間を活用するというのと、思いつくことをメモするということを述べたものが多くあります。このサイトで活用術を紹介されている方はそのような使い方をされています。小技集などは結構参考になります。

ポメラ(POMERA)で2番目に参考になるサイト 携帯用テキストエディタの徹底活用法

 ちなみに私のポメラをよく使う場所は電車。そして喫茶店。
利用方法は、主に次ぎの3つです。
・ふと思いついた仕事の事をメモ。
・新聞や本の気になった記事や文章をメモ
・旅行日記

 電車に乗ってぼーっとしている時に、ふと仕事の事などで頭に浮かんだことをメモしておいたりします。手帳でもいいのですが、電子データとして残しておくほうが便利なこともあります。
 しかし、振り返ってみるとそんな使い方よりも、毎日電車の中で読んでいる新聞や本の文章をメモしていることが多いです。料理のレシピや特集記事やコラムなど。ネットでダウンロードできるという意見もあるでしょう。記者が書いたものであればネットにあります。でもあえてここは、頭の中で整理しながら打ち込みます。
 なぜか・・・。それは、ネットでダウンロードしてしまうと安心して読まないのです。頭に残りにくい。なるべく要約して記録しようとすることで頭に残りやすくなります。そうやって、自分で関心のあることを記録していくと自分のためのデータベースができあがっていきます。色々な人が書いた文章で関心のあることを拾い集めて、関連した事を整理します。すると、自分の関心のあることが明確になりそれなりにまとまってきます。役に立つ知識も自分だけのおもしろさだけのものもありますが・・・。
 旅行日記は、移動中に詳細に記録をつけられるので、買った時にうれしくて書いていました。でも、移動中の風景などを楽しむ事ができないのはどうなのかなという風にも思っています。

ほかにも、時折、見直したい資料などを入れてたりします。


追記

文字数制限に対応するためのツールを作成して使っています。PCで作成したファイルをポメラへコピーこの際、文字数オーバーしていたら分割する。ポメラで作成したファイルをPCにコピーする際、分割して作成したファイルがあれば統合してPCへコピーします。更新されたファイルのみを処理の対象とします。ポメラとPCを連携させて使うと文字数制限の不便さを少し解消できました。

詳しくはポメラツール(pbl.xls)をご覧ください。

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ポメラの文字制限をクリアする方法

 ポメラには1ファイル8000文字の制限があります。通常文字を入力して使う場合、8000文字はよっぽどではないと入力することは滅多にないことと思います。しかし、色々と使い方を工夫していると、インターネットなどで入手したテキストデータなどを持ち歩きたいという事が必ずでてきます。移動中に資料や小説などが読めると、とても便利だからです。

 そこで、大きな問題として立ちはだかるのが8000文字制限です。ちょっとした資料はこの文字数を簡単に越えてしまっています。
自分で切り分けたりもしましたが、結構面倒くさい作業で、切り分けられたと思っても、オーバーしてて読めないなどということもよくありました。

 自分で切り分けるプログラムを作ろうかどうしようかと思いつつ、インターネットを探していると、同じことを考えている方はおられるようで、ツールを作成されておられました。「ポメラDE読書」というソフト。早速、青空文庫の小説をダウンロードしたものを切り分けてみました。これは、便利です。ポメラをお持ちの方は是非お試しになられることをお薦めします。

「ポメラDE読書」のレビュー

窓の杜 REVEW 「テキスト形式の電子書籍をポメラで閲覧可能なサイズへ分割「ポメラDE読書」

「ポメラDE読書」のダウンロード

語らいの一時オンライン


2010.12.09追記

この記事を書いた時には、自分で作るのをやめました。しかし、やはり自分の使い方にあった物が欲しいので、作ってみました。上記で紹介した「ポメラDE読書」と同様に、長文を分割すると同時に、ポメラで分割したファイルもPC側でひとつにまとめ、さらにポメラと同期をとります。2010.12.09現在テスト版ですが、順次更新していきます。

ポメラツール(pbl.xls)

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非電化への挑戦。発明とは。

ブログの右側のリンクで紹介している「非電化工房」。今まで記事としては一度も取り上げませんでした。このサイトは新聞記事か何かで偶然知りました。「便利すぎる世の中」を憂えている私としてはとても関心を持っています。

非電化工房
非電化工房ブログ

 電気を使って当然と思っていた冷蔵庫。でも、電気を使わずに冷蔵庫ができるのという事にとても感銘しました。気温が30度、40度あっても4度~7度に保てるといいます。NHKラジオ「ラジオ深夜便」でこの冷蔵庫を発明された発明家藤村靖之さんのインタビューが放送されていました(2008.11.15)。録音してなくて残念です。全ては聞けませんでしたが、聞いた部分だけで拾い書きをしたものを紹介します。

もともと、大企業の研究所でハイテクノロジーなものの開発をされていました。ところが、子供さんの喘息をきっかけに、研究のテーマを子供の健康にすると宣言したら反対されてしまう。時は高度経済成長の時代。無理もないと独立して空気清浄機を研究。イオンという言葉をあまり知られていない時代に低電力の機械を作って試すと子供の喘息が改善された。商品化してよろこんでもらった。(この機械は非電化ではなく停電力だった)

みんなが出来ないと考えるものを作ろうとした。電気を使わない冷蔵庫を作る。放射冷却と水の対流を利用。夏でも4度位のものができるというもの。
モンゴルで非電化冷蔵庫を商品化。モンゴルでは日中と夜間の気温差が大きく特に効果的だとのこと。遊牧民が羊2頭分(日本でいうと7000円)で買えるものを目指した。月収2万円程度の国なので高額。企業が羊1等分で作れるように開発した。みんな泣いて喜んでくれた。

他にも、非電化エレベータというのもあるそうです。


藤村さんの言葉。

・発明とは、わかっていることとわかっていることのタダの組合せ。

・1回目でうまくいくことはない。試行錯誤で試作と実験を繰り返し、失敗をしている間に色々なものが自分に蓄積されていく。1回目を人にまかせたら次の一手が浮かんでこなくて発明が止まってしまった。物作りが好きでないと発明家になれない。

・人の痛みがわかる感性が大切。自分の欲望、金儲けに走ると良い発明ができない。

・楽観的、好奇心旺盛、人の痛みがわかる。・・・発明家の素養

・最初からお金をだせばかえる時代。感性がにぶる。人の痛みがわかりにくくなる。発明家生まれにくい時代。


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わら細工も面白そう。

 今回は素敵なわら細工をされている方のサイトがありましたので紹介します。

 縁起物として、干支や亀、宝船のわら細工の人形などをよく見かけます。亀を観察してよく見ると甲羅の部分が「四つ目編み」をしたら出来そうだと思って作ってみたこともあるのですが、なかなか上手には出来ませんでした。
 こちらのホームページで紹介されている作品はとても素敵で、干支の人形もかわいいです。こんなのが作れたら楽しいでしょうね。

BUNKOUDO わら細工 http://homepage3.nifty.com/bunkoudou/index.html

ブログもあるようです。
わら細工・竹細工・エコクラフト『円座』http://waraenza.seesaa.net/
ブログには牛の人形の記事が掲載されていました。これはとてもすごい。こんなのも作れるんですね。

 なんでも、手と頭を使って工夫して作ることは楽しいことです。私も、しめ縄ばかりではなく、一歩進んでわら細工にも挑戦してみたくなりました。

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苔玉の花も綺麗ですね。

 美しい花の苔玉をつくっておられる方のブログがありましたので紹介します。

苔玉の四季&のんびりライフhttp://blog.goo.ne.jp/hagitiyo

 偶然、私のブログを紹介されていたのがわかって、おじゃましたhagityoさんのブログです。竹籠に花を飾るのもいいのですが、苔玉もすてきですね。

 ブログでは他に、田んぼや、花の写真など自然の風景。そして野性的な猫の写真も・・・。

 竹にも興味をお持のようです。竹に苔玉を載せて見ても綺麗かもしれませんね。

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再び紹介。筍料理

 筍の季節も終わりですが、筍料理の話題を続けて紹介します。以前紹介したサイトで、新たに筍料理が紹介されていましたので再度取り上げさせて頂きます。
素敵なレシピを紹介して下さったことに感謝します。

ママと私のすてきレシピhttp://abata.tea-nifty.com/recipe/

  1. 竹の子キンピラ
  2. 筍の卵クリーム和え
  3. 筍のクリーミーサラダ

前回の記事はこちら
http://kounsai.cocolog-nifty.com/bamboo_baskets/2006/05/post_ded8.html

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宮沢賢治の心を探す旅

 10年ほど前の事になりますが、私は職場の友人と共に東北旅行に行きました。最終日に、友人と別れて一人で宮沢賢治を身近に感じようと自転車でゆかりの地を巡りました。その時の紀行文が残っていました。(当時、自分のHPに掲載していました。)今読むと、表現に甘いところがありましたので、ちょっと加筆訂正しました。
写真も手元に無かったので、参考になるサイトにリンクをつけました。
では、よろしければ読んでやって下さい。

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 1996年9月に私は友人と東北に旅行をしました。この年は宮沢賢治生誕100年ということで、花巻では「賢治百年祭」というイベントが開かれていました。私たちはイベントの混雑を避けるためにわざわざイベントが終了した日に花巻にはいりました。

 以下のレポートは、私が賢治の心を感じるために花巻市内を散策した時のものです。
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賢治の心を探す旅
 9月にはいり、遅い夏休みをとって東北へ旅行に行きました。京都から寝台特急で青森まで行き、そこから花巻をめざしレンタカーで回るという旅でした。東北のあちこちを回り、岩手に入ったのは3日目のことでした。 

 小岩井農場では、家族連れの多い公園のようになったところはパスして、牛舎などを見学し、資料館で展示されていた宮沢賢治小岩井農場に関しての資料を見ました。また、盛岡市内にある賢治の童話集を出版社である光原社の跡地も立ち寄りました。周辺の通りは賢治の銅像などが建ち並んでいました。

 その翌日は賢治とは離れて、遠野へ民話の世界を感じようとあちこち行きました。カッパ淵にも行きました。でも、あいにくの雨で行きたいところを回ることはできませんでした。姥捨て山といわれたデンデラノ早池峰山は自動車から見ただけとなりました。
 しかし、「銀河鉄道の夜」のモデルとなったという、岩手軽便鉄道・・・現在のJR釜石線はチェックしました。所々に当時の面影を残すアーチ橋があります。この鉄道を賢治は好きだったんだろうなと当時に思いをはせました。

 そして、最終目的地の花巻に到着しました。
 最終日は昨日までの雨が嘘のように、気持ち良く晴れ渡りました。雨が上あがって助かりました。レンタカーの契約が前日できれているため、この日はレンタサイクルを交通の手段にしようと思っていたからです。
 
 前日で賢治百年祭の終わった直後の花巻はあちこちに駐車場の跡があったりして、どこか祭の後の静けさというものを感じました。しかし、これでこそ、本当の賢治の心が探せるというものです。わざとイベントをはずしてきたかいがります。
 とりえず、宮沢賢治記念館へ行きました。ユースホステルを利用していて、バス停まで送ってもらったのはいいけど、そこから記念館への坂道を歩いて登るのは結構きつかったです。
 記念館でゆっくりと資料を見学し、物販コーナーで有名な「雨にも負けず」の詩を書いた巻物を購入しました。
 その後、花巻駅へタクシーで移動し、花巻駅前で自転車を借りました。駅前の観光案内所からこの貸し自転車の店までの間には、岩手軽便鉄道跡と記された支柱がありました。「シグナルとシグナレス」というシグナルの恋の物語があります。その物語の舞台はまさにここなのでした。在りし日の軽便鉄道の駅を連想しました。小さな鉄道と、立派な鉄道。七戸で乗ってみた「南部縦貫鉄道」と重ねあわせてイメージしていました。

 今回の旅行で行きたかったのは主に3箇所「羅須地人協会」のあった場所に立てられた宮沢賢治詩碑イギリス海岸、そして花巻農高にある羅須地人協会(賢治の家)です。
 取り敢えず、イギリス海岸に自転車を走らせることにしました。
 昨日の雨で増水して、海岸らしくはありませんでした。しかし、ここで賢治が泳いだり、クルミの化石を発見したのだと思いつつ、光景を心にきざみました。きっと、この空気や景色ののどこかに、賢治の感性を培った物があるはず。そんなことを思いつつ、ぼーっと山や川を眺める私の後ろでは、賢治祭の時の客目当てに立てられた海の家のような売店が解体され始めていました。
 
 イギリス海岸から堤防づたいに自転車をすすめ、桜町にある宮沢賢治詩碑へと行きました。
 私は、長い時間この詩碑のある小高い丘から見える山や田んぼなどを眺めていました。詩碑の辺りは静かで、たまに幾つかのグループが訪れては去って行きます。
 賢治の時代から時は流れ、ここから見える光景は、賢治の見た物とはきっと変わってるでしょう。でも、大地や空、自然は当時のままにあり、賢治もここから同じように見、自然を感じ、田畑の事を思っていたに違いないそういう思いで眺めていました。 ふと見ると、詩碑とは別にもう一つ言葉が書かれたものが立てられていました。

 「われらに要るものは銀河を包む透明な意志、巨大な力と熱である

 私は、詩碑に書かれた「雨にも負けず・・・」も好きですが、こちらの言葉が心に訴えてくる物がありました。百姓を思っていた賢治の力強いエネルギーを感じ取れるからです。心の底から力が湧いてきました。おそらく、ここで賢治が若い百姓に向かい、夢と希望を語りきかせた心の奥底にあった想いではないでしょうか。
 詩碑には賢治の遺骨が納められていると案内板にありました。私はそっと詩碑に向かい手を合わせました。
 
 賢治の自耕の地があるというので、行ってみました。「下ノ畑」のことです。実はここもぜひとも訪れたかった場所なのです。おそらく現在では耕地整理がされているでしょうから、「賢治自耕の地」と書かれた杭のある田が本当にそうなのかわかりません。しかし、この当りで賢治が鍬をふるっていたというのは事実なのです。
 ここで鍬をふるい種を蒔いた賢治は何を思ったのでしょうか。もしかしたら、ここで童話や詩を思いついてメモをとっていたかも知れない。そんなことを思いつつ、私は自転車のサドルにカメラを置き、セフルタイマーで、この杭をともに写真をとりました。
 近くの田にあったトタン葺きのポンプ小屋に、日に焼けて黒くすんだ合板が立てかけてありました。よく見ると「賢治が稲作指導した当時の奥羽132号」とそこには書かれてありました。見るとその田には、稲刈りには2週間ほど早い稲穂が頭を垂れていました。この看板はこの田の事を言ってるのだろうか。果たして、ここに植わっている稲がその「奥羽132号」なのだろうか?でも、きっとそうに違いないと思うことにしました。
 私は田んぼの中に立ち、稲穂の稔具合を確かめる賢治の幻を見ました。
 
 もときた堤防をイギリス海岸の方へ向かいました。ちょうど正午をすぎでした。売店の解体作業は進み、午前中にはあった屋根がほとんど片づけられていました。
 イギリス海岸には、別行動をしていた連れに会いました。

 その友人は昼食に弁当を食べていました。私は友人が持っていた菓子を少し分けてもらい、休憩をしました。その後、花巻農業高校に移築され保存されている、羅須地人協会へむけてまたペダルをこぎ出しました。
 
 岩手の空は胸のすくほど青く拡がり、風が心地よく私を包み込みました。大地に広がる稲穂の波も大きく黄金色拡がっていました。私はその中を気持ちよくペダルをこぎ続けました。
 花巻農業高校の門を入ると、OBの人の思いがきざまれた碑と、宮沢賢治詩碑の前で見た「われらに・・・」という賢治の言葉がきざまれた碑がありました。

 羅須地人協会・・・賢治の住んだ家は、花巻農業高校の敷地に公園のように綺麗に整備された庭の中にその建物はひっそりと建っていました。この建物は本当に偶然にして保存されていたようです。よくぞ残っていたと思います。
 建物に入って、ここで賢治が自ら百姓をめざし、百姓を教育し、理想をめざしていた姿を思い、ここで、いくつもの作品が産み出されたという事実にかみしめました。そして、そのイメージの中に自分を置き、賢治と空間を共有していることを感じました。「ああ、実際に私も賢治の教えを受けたかった。」そう思いました。

 羅須地人協会を後にし、イギリス海岸へもう一度行ってみました。
 売店もほとんど解体され、床も片付けられていました。堤防にあがってみると、連れは気持ちよさそうに昼寝をしていました。
 日は西に傾き、私の賢治の心を探す旅も残りわずかとなりました。
 
 帰りは大阪国際空港行きの飛行機ということになっていました。空港で土産物を買いました。何でも宮澤賢治でした。売店のおばちゃんが「なんでも賢治ばかり、びっくりしてることやろう」などと言っていました。とはいうものの、私はここで賢治Tシャツを購入しました。

 飛行機の座席は窓際になりました。暗くなってからの便ですので、外は見えないだろうと思っていました。
 飛行機が離陸し高度をあげて行くとき、ふと窓の外を見ました。花巻の夜景がそこには広がっていました。これは、まさに銀河鉄道。賢治が生きていてこの光景をみたらどう思うだろう。そんなことを考えました。
もしかしたら、あの話を書く時にこのような光景を時間を越えて見ていたのかもしれません。
 やがて、大阪上空にきたときの驚嘆もわすれられません。まさに、銀河の宝石をそのまま落としたような明るさでした。しかし、その明るさの中に広がる世界は、自然をつつむ、賢治の心とは全く異なる世界であることを思うと悲しくなりました。

参考リンク------------------
盛岡白百合学園(宮沢賢治ワンダーランド)
 賢治ゆかりの地の写真が沢山掲載されています。私の紀行文中でリンクさせてもらったものの他にも沢山掲載されています。

あざりあ ~宮沢賢治の部屋~
 宮沢賢治のファンの方のHP。紀行文中でリンクさせてもらいました。
 リンク集も参考にしてください。

花巻市(宮沢賢治のコーナー)
 地図などありますので、私が自転車で回った場所の位置関係などを参考に見て下さい。

宮沢賢治の作品をすぐに読むならここにアクセス!!---------

森羅万象サービス
青空文庫
 青空文庫の宮沢賢治の作品への直接リンクは次のところです。
   http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person81.html#sakuhin_list_1

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筍料理 その4

 筍料理の話題は前回で一区切りのつもりでした。でも、おもしろいというか楽しいサイトを見つけてしまいましたので、紹介します。是非ご覧下さい。ほのぼのとした気分にさせてくれますよ。(映像中心のサイトです。通信環境がよくない場合は見るのがつらいかもしれませんが・・・。)ぜひ。

「Kyoto-Kyoto-Kyoto」...京都に学ぶhttp://kyoto-3.cocolog-nifty.com/blog/
 「京都人の二人の大学助教授が、見たり、聞いたり試したりと、、、真面目に京都と向き合う。」とプロフィールに書かれています。映像に出演してレポートされている「にしゃんた」さんの日本語が上手でどことなく関西フレーバーな話しぶりはとても好感があります。どこの国の方なのかなぁ。

 ともあれ、筍の最上級「白子」(私の目からみてもかなりの質の筍です。)を入手されてそれを料理されていきます。実は全部みてないのですが(^^;)。9回目で刺身で食べておられました。テレビの料理番組ではよく、安っぽいタレントが、やかましく軽薄なレポートをしています。でも「にしゃんた」さんの落ち着いたレポートは丁寧で、本当においしそうでした。

 「筍-たけのこ」を食べよう①~⑨です。このあと続くのかな?

   とりあえず、「筍-たけのこ」を食べよう①を見てみましょう
   「筍-たけのこ」を食べよう⑨では刺身にして食べておられます。
   

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筍料理 その3

 竹冠に旬と書くくらい筍の季節はあっという間に過ぎていきます。だから、この話題もあっという間に季節はずれになってしまいました。でも書きます。筍料理のお話です。

 インターネットで筍で検索すると沢山の話題が見つかります。もらった話や掘りに行った話。筍泥棒の話。そんな中でも多いのが料理に関する記事です。
案外、筍の料理方法といえば、煮炊き物が思いつきます。母は具が少ない時は焼きそばにも入れている事がありました。邪道なのではと思っていましたが、中華料理にはよく炒めものにも使っていますよね。

 NHKの番組ためしてしてガッテンでは、素揚げして塩で食べるという方法を紹介していました。試してみたら見た目はフライドポテト。でも歯ごたえがあって新しい境地で案外いけました。

 前置きが長くなってしまいました。あちこちのブログ見て歩いた中でもおいしそうな写真とレシピがきっちりと整理されている方がいらっしゃいましたので、紹介したいと思います。

ママと私のすてきレシピhttp://abata.tea-nifty.com/recipe/
 写真付きで、詳しいレシピと健康メモまで掲載されています。筍に限らず豊富なレシピ集です。

筍に関するものへの直接のリンク
  チャプチェ
  筍のスパゲティ
  筍ご飯
  若竹煮
  姫皮の梅和え
  炒め筍のおかかあえ

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生け花の鑑賞。

 竹籠を作るようになって、籠ばかりではなく花をうまく生けられるようになったら”かっこいい”なと思うようになってきました。そんなわけで、目を肥やすには実際に生けられた花を見て感じるのが一番だと思います。しかし、なかなか気軽に見られない…。そこで、生け花をテーマにしたサイトを探してみました。

私の趣味
 生け花やお茶の教室をされているという、ももリンさんのブログです。生け花の写真が掲載されています。竹籠に生けられた花も掲載されています

     ももリンさんのお部屋・・・こちらは、ももリンさんのHPです。

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